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   <title>お菓子な日常</title>
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   <subtitle>お菓子だいすきだ</subtitle>
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   <title>無機塩類の働き </title>
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   <published>2012-01-07T07:01:02Z</published>
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   <summary> ニワトリの受精卵を艀卵器の中で購化できることは当然であるが、殻をやぶって、底の...</summary>
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      <![CDATA[
ニワトリの受精卵を艀卵器の中で購化できることは当然であるが、殻をやぶって、底のまるいガラスの容器に移し、湿度に注意して37度Cに保つと、それでもある日数はニワトリ胚の発生をみることが可能です。

ところが、この状態で最終的にヒナになるまで発生させることは困難です。

その一つの理由は、実は卵の殻自体が、たんに卵を外界からまもるための城壁であるだけではなく、それは、ニワトリの発生を支える無機栄養素源でもあるからです。

卵からかえったヒナの骨のカルシウムのかなりの部分は、殻からきていることが証明されています。

殻の中の無機成分には、非常にたくさんの無機栄養素が含まれており、発生過程でそれらは胚に移行します。

ちなみに、<a href="http://napure.jp/" target="_blank">モリンガ</a>も健康管理にはオススメです。
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   <title>卜骨を使った占い</title>
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   <published>2011-06-24T01:29:58Z</published>
   <updated>2011-06-29T01:32:17Z</updated>
   
   <summary>最近では、各地で急速に卜骨の発見例が増えました。 卜骨は弥生時代から古墳・飛鳥・...</summary>
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      <![CDATA[最近では、各地で急速に卜骨の発見例が増えました。


卜骨は弥生時代から古墳・飛鳥・奈良・平安時代まで、卜甲は古墳時代後期・飛鳥・奈良時代までの遺物が発見されているのです。


そうなると骨卜も甲卜も、従来考えられていた時代よりはるかに古くまで遡るのみならず・・・


いわゆる


「日本では古くは鹿卜であったが、のちに亀卜がとって代った」


・・・という通説は完全に否定されるに至りました。


また、それだけではありません。


江戸時代の代表的国学者の一人、伴野友翁は古典類のほか、当時各地に鹿の骨や亀の甲を灼いて吉凶を占う風習のある点に着目。


記録と考証を加え名著『正卜考』を上梓しました。


その中に長崎県対馬の卜甲の図が見られ、それが古墳時代のものの形状や焼灼法と酷似している点が興味深いのです。


<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話での占いはココ</a>！

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   <title>英語の「道」</title>
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   <published>2011-06-06T01:59:21Z</published>
   <updated>2011-08-08T01:25:20Z</updated>
   
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      私は、日本人のproncipleは、「道」だと思う。


また「道」であらねばならぬとさえ思っている。


それは宗教を超えたものであり、宗教や倫理という境界線をも超えたものでもある。


通常、uncountable(数えることのできない名詞)として用いられる。


さて、We Japanese have no principles.と言った某教授は・・・


外人記者クラブの席上で、Japanese have many principles.と一言い換えた。


まったく正反対のことを言っているわけだから、驚く。


だがそれも「多くの原則を持つ」というふうには解釈してくれないのである。


再び「(日本人は、状況によってコロコロとプリンシプルを変えるので)信用できない民族だ」と解釈された。


ここにリスナーを無視し、スピーカーを中心として考える日本語英語の限界がある。
      
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   <title>広告のお化け天狗</title>
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   <published>2011-05-23T04:16:10Z</published>
   <updated>2011-08-10T07:46:55Z</updated>
   
   <summary>こんにちは。 今日は、サーフィンスクール　湘南教室について。 かなり昔の事になり...</summary>
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      <![CDATA[こんにちは。


今日は、<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">サーフィンスクール　湘南</a>教室について。


かなり昔の事になりますが、とある有名な広告のプロ？と言う感じの男がいました。


自分で自分のことを「広告魔王」と呼んでいました。


自称だけではありません。


明治の文学者も、この人のことを「広告が化けた人間」と、呆れ顔で評しています。


日本の広告の歴史のなかで、この人くらい奇手奇策を弄して、世間をアッと言わせつづけた人はいないでしょう。


明治の２０年代から３０年代にかけて、彼が打った「天狗煙草」の広告宣伝の奇矯さは、あとにも先にも例がないくらい徹底しています。


・・・これにくらべれば、「キモチンヨカ」も「ハエハエカカカキンチョール」も、すごくマトモな広告に思えてくるほどです。



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   <title>キャンピングについて語ろうか</title>
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   <published>2011-02-19T04:43:33Z</published>
   <updated>2011-02-19T20:50:04Z</updated>
   
   <summary>キャンピングは一年中できる遊びだし、また、四季それぞれに違った楽しみ方ができます...</summary>
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      <![CDATA[キャンピングは一年中できる遊びだし、また、四季それぞれに違った楽しみ方ができます。


だから、季節を問わず、キャンピングに出かけよう、と言いたいところだが、現実には夏に集中し、冬にキャンピングする人は、まだまだ少ない。


日本のキャンピングのハイシレズンは夏。


だいたい7月中旬ごろから始まり、お盆休みをピークに終了する。


この時期は、営業しているキャンプ場の数も多い。


夏のキャンピングのいいところは、装備が少なくてすむことです。


衣類やスリーピングバッグも薄手でよいし、暖房器具などもいらないので、装備がまだ十分にそろっていない初心者にはありがたいですね。


そして、ベテランになると<a href="http://trailer-houses.com/" target="_blank">トレーラーハウス</a>を買いだす人がいます。


確かに夏のキャンプ場は虫も多く、蛇や野良犬やカラスなども活発なので気持ちは分かります。


特に女性や子供が居る場合は無理してテントを使わずに、キャンピングカーやトレーラーハウスを活用しましょう。]]>
      
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   <title>函館開港！</title>
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   <published>2011-01-18T08:19:43Z</published>
   <updated>2011-04-05T08:40:06Z</updated>
   
   <summary>開港によって箱館は大きく変化した。 西洋人の渡来、諸術調所(洋学校)、弁天岬台場...</summary>
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      開港によって箱館は大きく変化した。

西洋人の渡来、諸術調所(洋学校)、弁天岬台場、五稜郭築城、洋式造船、キリスト教会、警備地のストーブ・コーヒーなど、後進地蝦夷地の一角はにわかに近代文明流入の門となったのである。

農業開拓も積極的に進められ、水稲の試作も成功した。

なお、蝦夷地は奥羽6大藩に分領・警備させた。

明治維新に際して、維新政府は箱館裁判所(のち箱館府)を設置、旧幕箱館奉行から蝦夷地の引き継ぎをうけ、五稜郭を役所に5月から新政が実施された。

この新政はわずか半年、10月に榎本武揚ら旧幕脱走軍が来襲して府知事・松前藩主は青森へ逃れるはめになった。

しかし翌春の政府軍の攻撃に聚諜敵せず、5月に五稜郭は開城して箱館戦争は終わった。

歴史もだけど、北海道　ＡＮＡ　タベタイリクはグルメも楽しめそう。
      
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   <title>風呂へ</title>
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   <published>2011-01-05T07:41:51Z</published>
   <updated>2011-04-04T08:30:22Z</updated>
   
   <summary>マツさんの家には5時半ごろに戻ってきました。 銭湯に浸かってきたあとだが、すぐ風...</summary>
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      マツさんの家には5時半ごろに戻ってきました。


銭湯に浸かってきたあとだが、すぐ風呂へ向かった。


昨日は一番湯だったが、今日はもう何人も入ったのか、湯が少し濁っていました。


風呂上がりに、食堂で売っている「ミルピス」というものを飲む。


ビンには「最果て自家製・利尻手作り乳酸飲料」とある。


味はカルピスと飲むヨーグルトをあわせた感じだ。


東京近辺でも売っている「マミー」という乳製飲料に似ています。


今日の北海道　海鮮バイキングには、「やなぎのまい」という魚と「みみこ」というワカメに似た海藻が出た。


珍味というほどではないが、どちらもなかなか美味でした。

      
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   <title>広告主がよくない代理店を選ぶ理由</title>
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   <published>2010-11-04T07:01:57Z</published>
   <updated>2011-08-26T09:26:32Z</updated>
   
   <summary>もし、ミスをおかさなければ、責任感の強い人は代理店選定にはさほど苦労はしません。...</summary>
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      <![CDATA[もし、ミスをおかさなければ、責任感の強い人は代理店選定にはさほど苦労はしません。


・・・というのは、その人は正しい専門知識をもつ人を招いて、会社に有利でしかも優れた広告を制作する代理店を一軒一軒調べて確認するからです。


では実例を挙げてみましょう。


それらは「印象づけ」と「即答性」とをねらった広告の相違点について述べています。


この例は、小売り販売についての完全な知識を必要とするものです。


ラニアーという企業のコマーシャルは、二群の聴取者をねらっていました。


ひとつは経営者、法律家、そして医者、もうひとつは器具を店に買いに行く顧客でした。


これらの人たちに対するコマーシャルの目的は、とにかくラニアーの名前を記憶させ、この銘柄を受け入れさせることでした。


そのほかにディーラーを相手にしたのです。


その結果、それはディーラーたちに、ラニアーの口述書き取り器具を買い占めさせるほど影響を及ぼしたのです。


ラニアーの代表がディーラーを訪れたとき、ディーラーたちは広告を絶賛しました。


そして聴取者は、だれもが念を押されたりする必要はなかったのです。


シカゴ市場では50万ドル以上がその宣伝費にかけられました。


方法はテレビコマーシャルと印刷物でした。


コマーシャルは、集中的に、短時間にひんぱんに放映されました。


視聴者たちの心にラニアーの名前を連打するために・・・。


<a href="http://nsg-a.jp/" target="_blank">整体　学校</a>でもいい代理店を選びたいものです。


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   <title>男のレイン・コート　3</title>
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   <published>2010-11-01T01:48:42Z</published>
   <updated>2011-02-01T08:20:42Z</updated>
   
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      その着方というのは、たしか二段目までボタンを掛けずに、衿を思いっきり大きく広く折り返して(ということはVゾーンを大きく見せて)、あたかもジャンパーかなにかを着るような感覚で、ギャバンはそのコートを着ていたのでした。


そういえば、かの「カサブランカ」におけるハンフリー・ボガートや、「いぬ」におけるJ・P・ベルモンドなんかも、こういうギャバン風の崩した、一種いなせな着こなし芸を披露していました。


これとはまた対照的に、「歴史は夜作られる」のシャルル・ボワイエや、「哀愁」におけるロバート・テーラーのような端正なトレンチ姿にも、忘れがたい独特の味わいがあったのを、私は憶えています。


ギャバンのように崩して着るにせよ、ボワイエのように端正に着るにせよ、トレンチ・コートを着るさいの一番のポイントは、コートは常に着古したもの、或いは着慣れたものを用いるべきだということ。


けっして新品のそれであってはならないというのが、私の持論です。


新品である場合には、何度か水を通してくたくたにした上で、あらためてクリーニング屋に出して防水加工してもらい、そののちに初めて袖を通すというのが、理想的なやり方だといっていいでしょう。


たしかにそれは、新品のジーンズを買ったとき同様に、手間と時間のかかることではあるでしょう。



しかし、男のおしゃれにとってこういう仕込みというか、下塗備ほど重要なものはほかにないことを考えるなら、やはり閑却すべからざる事柄として、心にとどめておくべきではないかと思われます。


目に見えない部分に神経をつかうこと。


これこそが男にとってのおしゃれというものであり、ダンディズムというものであるからです。


      
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   <title>Park in Hokkaido</title>
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   <published>2010-10-15T04:51:14Z</published>
   <updated>2011-02-01T08:20:42Z</updated>
   
   <summary>北海道には網走国定公園という公園があります。ぜひ北海道ツアーなどで一度は訪れても...</summary>
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      <![CDATA[北海道には網走国定公園という公園があります。ぜひ<a style="color:#666; font-weight:normal; text-decoration:none" href="http://www.clubgets.com/hokkaido/">北海道ツアー</a>などで一度は訪れてもらいたい公園です。

この公園は、オホーツク海沿岸にならぶ、サロマ湖・能取湖、網走湖、トーフツ湖などの湖沼群からなっています。

これらの湖は、いずれも今から一万年まえごろ、海面が今よりすこし高かったときには海だったところですが、砂州によって入り口をふさがれ、また流れこむ川によってしだいにうめたてられて、現在のような湖になったものです。

このような湖を海跡湖といい、湖の塩分も、海に近いサロマ湖や能取湖では高く、網走湖やトーフツ湖では低くなっています。

とくに網走湖では、湖にかつてすんでいた貝の化石から、湖の水が、時代とともにしだいに海水から淡水へと変わっていったことがわかっています。

日本第三位の大きさをもつサロマ湖は、ホタテ貝の養殖や湖岸にある常呂遺跡で知られ、またトーフツ湖周辺の砂丘には、ハマナス・エゾキスゲなどの大群落があって、原生花園の名でしたしまれています。

能取湖の秋をいろどるサンゴソウも美しいものです。


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   <title>男のレイン・コート　2</title>
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   <published>2010-10-06T01:47:58Z</published>
   <updated>2011-02-01T08:20:42Z</updated>
   
   <summary>ここで、一つだけ言い添えておきたいのは、両者の細部の相違について。 これは、結局...</summary>
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      ここで、一つだけ言い添えておきたいのは、両者の細部の相違について。


これは、結局思想の相違ということであって、どちらが優れていてどちらが格が上かなどといった話とは、ほとんど関係がないということです。


実際、どちらも相応に優れているわけで、これに甲乙はつけがたいですね。


すでにご存知かもしれませんが、前者の「21型」は、かのキッチナー元帥の愛用になったもの。


後者の「G9型」は、あのウィンストン・チャーチルの愛用になったものです。


前者はまた「蛮カラ風」をなんとなく感じさせるものであり、後者は「粋好み」をなんとなく感じさせるものです。


さらに前者をジーンズにたとえれば、かの「リーヴァイス」のファイヴ・ポケット・ジーンズということになり、後者はたぶん「リー」のそれということになるでしょう。


両者の比較はしたがって、よし悪しの問題というよりは、ほとんど好き嫌いの問題となるわけで、主観に属する問題となるわけです。


私がトレンチ・コートというものに初めて意識的な関心を向けるようになったのは、たしかジャン・ギャバン主演のフランス製ギャング映画、『筋金を入れろ』(1955年)あたりからではなかったかと思います。


・・・その中で、初老のジャン・ギャバンが、フランネルかなにかのスーツの上に、いかにも着古した、といった風なトレンチ・コートを無造作に着て登場するのですが、その着こなしがあまりに見事だったのです。


それで、ずいぶん前に観た映画にもかかわらず、私はいまだによく憶えているのです。

      
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   <title>男のレイン・コート</title>
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   <published>2010-09-16T01:47:32Z</published>
   <updated>2011-02-01T08:20:42Z</updated>
   
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      男のレイン・コートには、大別して2つの典型的なスタイルがあります。


1つはシングルで、かくしボタン式になった、ラグラン袖のレイン・コート(これをバルカラー・コートとかステンカラー・コートとか呼んでいます)。


もう1つはダブル・ブレストで、総ベルトの付いた、いわゆるトレンチ・コートがそれです。


好みの問題もあるのでなんともいえませんが、例えばハンフリー・ボガートのようなキャラクターーハードボイルドなタフガイ・タイプのセンを狙うなら、やはり後者のトレンチ・コートということになるでしょう。


ご承知の通り、現在市場には、いろんな形や素材のトレンチ・コートが豊富に出回っています。


そうした中にあって、真に投資に値するトレンチは、たぶん2つしかないでしょう。


それはバーバリー社の「21型」と、アクアスキュータム社の「G9型」であり、いずれも両社のオリジナル型となったものです。


この両社のトレンチ・コートの細部には、その当初からそれぞれ微妙な違いが見受けられ、それがそのまま双方の特色を示すものにもなっているのです。


もっとも、その現物をご覧になれば一目瞭然のことなので、なにもわざわざ説明する必要もないのですが。


      
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   <title>アイビーの先祖はブリティッシュ　2</title>
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   <published>2010-09-06T01:46:38Z</published>
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      アメリカン・メンズ・ファッションが、英国からいただいてしまったものが、もう1つあります。


それが、ブレザー。


これもヴィクトリア朝の頃、レガッタやクリケットの見物にブレザーを着ることが流行しだしたことからといいます。


ちなみにブレザーが一般化するのは第一次大戦後。


このブレザーを、シングル3つボタン段返り、中ーつ掛けのファッション・スタイルとして定着させてしまったのです。


実行したのは、ニューヨークのメンズブティック、「ブルックス・ブラザーズ」で、アイビー・スタイルの本家として知られています。


これらのアイビー、3つボタンであることから襟元のVゾーンが、2つボタンのものより当然、狭くなります。


ちょっとお腹の出た中年者には中1つ掛けボタンがきつくなります。


しかし、冒頭であげたオールド・アイビーたちは、このむずかしさをはねのけて、それぞれに着こなしを楽しんでいるのです。


もっとも、年をとってからのアイビーは、若々しく見えるという利点もあります。


40代、50代で紺のブレザーに金ボタンを光らせ、ズボンはグレーフラノで着こなすと、きりっとして見えるものです。


しかも、所属するテこスクラブやヨットクラブ、あるいは、出身校のクラブエンブレムなどを胸につけて集まったりすると、トラディショナルな気分にさせてくれるものです。


ただし、これは、オフのときのスタイルで、ネクタイを締めようともカジュアルの領域。


ビジネスの場には、やはりウーステッドのスーツで臨みたいものですね。


とくにエグゼクティブともなれば、だんぜんスリーピースといきたいものです。


      
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   <title>アイビーの先祖はブリティッシュ</title>
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   <published>2010-08-16T01:46:05Z</published>
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      年輩のエグゼクティブでアメリカン・スタイル、つまりアイビーしか着ないという人がいます。


若い頃に、留学生としてアメリカへ渡り、学んだ人に多いようですね。


すっかりアメリカンが気に入って、ブリティッシュにもフレンチにも興味がなく、ましてやイタリアンなどお呼びでないといった人たちです。


このアイビーの信奉者たちの中には昔の「VAN」、「JUN」といったメイド・イン・ジャパンのアイビーで育った人たちもいますが、彼らの多くは、年をとるとともに、ブリティッシュにもイタリアンにも手を出しています。


アイビー・ルックの本格的な登場は、戦後。


なんといっても第二次世界大戦で戦勝国になった強いアメリカが歴然と現れているメンズ・ラインです。


まず、最初は、ニューヨークのマジソン街で広告マンの間に流行りました。


このアイビーの特徴は、シングル3つボタン段返り、ナチュラル・ショルダー、ストレート・シルエット。


アイビー・ルックのもとはといえば、英国のヴィクトリア朝時代のレクリエーションの服に端を発するものだといいます。


つまり、レジャー服をビジネスウエアとして、合理的にアレンジしてみせたところが、合理的な国、アメリカならではの発想でしょう。

      
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   <title>アメリカの一流メンズブランド　3</title>
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   <published>2010-08-06T01:45:42Z</published>
   <updated>2011-02-01T08:20:42Z</updated>
   
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      1862年には、後継者のバトリック・マーフィーが、世界の一流品が集まるニューヨークの五番街に本店を移します。


こうして、アメリカが全世界に誇ることができるプレステージ・ブランドとしての確固たる地位を築きあげました。


歴代のアメリカ大統領が国賓へ贈る商品&quot;プレジデント・ギフト・アイテム&quot;にも選ばれています。


この名声をもとに、第二次大戦後は、皮革製品だけでなく、紳士用品からメンズ・ウェアへ進出しました。


マーク・クロス社の紳士服に使われる素材の羊毛は、オーストラリアのレジャートン牧場で飼育されている1万1000頭の羊の中から、厳選された200頭のウールを使っています。


カシミヤは、中国、内蒙古のセキバンタイソンの村で産出されるもののみといった具合であくまで本物志向にこだわっています。


縫製、仕上げは、専門工場をもち、ヨーロッパの最新技術を導入した一貫生産を行なっています。


スタイリングは、アイビー中心のニューヨーク・ファッションの中にあって、プリティッシュ・テイストを強く主張しています。


しかし、ヨーロピアン・コンチネンタルのシンプル・エレガンスもあわせ持っているのです。


シャツも、高級エジプト綿を使ったオリジナル・ハイ・クオリティの「フィンクス」を開発するなど、すべてに&quot;本物志向&quot;が徹底しています。



      
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